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アマン・ジャン 「
アマン・ジャン 「ヴェニスの祭
エル・グレコ 「受胎告知
ゲラン 「タンバリンを持つイタリアの女
クールベ 「秋の海
クラウス 「二月
ゴーギャン 「かぐわしき大地
コッテ 「老馬
コロー 「ラ・フェルテ=ミロンの風景
シニャック 「オーヴェルシーの運河
シャヴァンヌ 「幻想
セガンティーニ 「アルプスの真昼
セザンヌ 「水浴
セザンヌ 「風景
デルヴァン 「連馬
トゥールーズ=ロートレック 「マルトX夫人の肖像―ボルドー
ドガ 「赤い衣裳をつけた三人の踊り子
ドニ 「
ピサロ 「りんご採り
ピサロ 「ポントワーズのロンデスト家の中庭
ブールデル 「ベートーベン像
フレデリック 「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん
ホドラー 「木を伐る人
マネ 「薄布のある帽子をかぶる女
ミレー 「グレヴィユの断崖
モネ 「睡蓮
モネ 「積みわら
モロー 「雅歌
ラファエリ 「アニエールの街路
ル・シダネル 「夕暮の小卓
ルソー 「牛のいる風景-パリ近郊の眺め,バニュー村
ルノワール 「泉による女
レールマン 「小径
ロダン 「カレーの市民―ジャン=ダール
ロダン  「説教する聖ヨハネ
 

■解説
アンリ・ルソー(1844-1910)は、フランス西部のラヴァル生まれ。ルソーの画家としての出発は遅いものでした。それ以前、彼はパリ市の税関に勤めるかたわら、日曜画家として風景などを描いていました。1893年、49歳のとき、彼は本格的に画家になる決心をかため、絵に専念するようになります。
画家として正規の美術教育を受けなかったルソーは、デッサンの技術、遠近法や明暗法などは身につけていませんでした。そのかわり彼は、ルーヴル美術館での模写、パリの植物園での写生、子ども用の図鑑などをとおして独学しました。彼の作品では、そこから得たイメージがあざやかな色彩とむすびついたのでしょう。
晩年には、批評家のウーデ、画家のドローネーやピカソらが、ルソーの作品をみとめるようになりました。当時のパリでは、アフリカ美術などの流入により、原始的なものへのあこがれが高まっていました。ルソーの画風の素朴さは、描くことの喜びを表現しているものとして評価されました。彼の作品は、のちのキュビスムやシュルレアリスムにも影響をあたえています。
この「牛のいる風景」は、ルソーの死の前年に描かれた作品。牛、人物、積みわら、木は、現実のものと比べるとそれぞれ不自然な大きさです。しかし、この型にはまらない表現は、現実離れしつつも、個々のものに大きな存在感をあたえています。そして、見る者を不思議な世界へといざなってくれます。

(参考文献)
「アンリ・ルソーと素朴派の画家たち展」図録 (東京新聞) 1981年