活動内容

敷地内の地図

全体図

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本館

倉敷を拠点に活躍した実業家・大原孫三郎[おおはらまごさぶろう](1880-1943)は、親友の画家・児島虎次郎[こじまとらじろう](1881-1929)と協力し、ヨーロッパの優れた美術作品を収集しました。孫三郎は、それらの作品を公開するために、1930(昭和5)年、美術館を創立します。この本館は、創立当初からのもっとも古い展示室で、ギリシャ神殿風の外観が特徴です。設計は、薬師寺主計[やくしじかずえ]です。薬師寺は、児島同様、大原の援助を受けヨーロッパへ留学しており、児島が思い描いていた理想の美術館とは、いかなるものかを考えながら、設計をしました。
1991(平成3)年、新しい展示棟とアトリウムを増設しました。現在は、17世紀のエル・グレコ、19世紀の印象派から20世紀を経て、今日の作家の仕事に至る、欧米の近・現代美術を、一つの流れとして見ることができるように展示しています。



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「…丸窓から倉敷見れば」
本館2階展示室の奥にある丸窓の前に立ち、外をながめると、大原家住宅をはじめ、江戸時代さながらの風景が見られます。そして、振り返ると、ヨーロッパの数々の作品がひろがります。

「…ベヒシュタイン製のピアノ」
創立20周年記念音楽会のために購入されました。
以来、周年記念音楽会やギャラリー・コンサートで、その素晴らしい音色を響かせています。制作されてから、100年以上が経つ、貴重なピアノです。

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工芸・東洋館

●工芸館
【浜田室・リーチ室・富本室・河井室】
1961年(昭和36)年に大原家の土蔵を改造して開館。浜田庄司[はまだしょうじ]、バーナード・リーチ、富本憲吉[とみもとけんきち]、河井寛次郎[かわいかんじろう]など民芸運動に携わった作家たちの作品を展示しています。

【棟方室】
1963年(昭和38)年に同じく土蔵を改造して開館。棟方志功[むなかたしこう]の版画作品を展示しています。

【芹沢室】
1963年(昭和38)年に開館。染色家芹沢銈介[せりざわけいすけ]の作品を展示しています。

●東洋館
児島虎次郎の集めた中国美術のコレクションに、第二次世界大戦後収集したものを加えてさらに充実させ、これを公開するために、工芸館に続く土蔵を改造し、1970(昭和45)年に完成したのが東洋館です。
先史時代より唐代に至る中国を中心とした東アジアの古美術を展示。「一光三尊仏立像[いっこうさんぞんぶつりつぞう]」(北魏)、「着彩胡人俑[ちゃくさいのこじんよう]」(北斉)など、注目すべき作品が多くあります。



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窓の形、各部屋の床の模様、歩くときの音などが味わえます。
建物の内装や展示ケースは、すべて芹沢銈介が手がけています。しかも、展示してある作家の個性に合わせてデザインされていますので、部屋全体がひとつの作品とも言えるでしょう。

「…木煉瓦の床」
工芸館1階の床に四角い木の煉瓦がきれいにならべられています。部屋ごとに組み方がちがい、その模様が楽しめます。ぽくぽくと乾いた音も暖かさを感じます。

「…朝鮮張りの床」
工芸館2階の河井室の床は、河井の興味があった朝鮮にちなんで朝鮮張りです。ぎいぎいと弾力のある音がします。

「…織部釉の敷瓦」
工芸館の棟方室の床は、普通の瓦に釉[うわぐすり]をかけてやいたものです。黒光りする艶やかな床です。

「…縞鋼板の扉」
東洋館の石仏室の手前の扉は、工事現場で使用されているものを流用しています。

「…縦組みの竜山石壁」
東洋館の石仏室の壁で石を縦に組んでいるのは、天井への広がりをイメージしています。

「…コンクリートの壁」
東洋館の石仏室の手前のコンクリートの壁は、本当ならこの壁の上に石を貼る予定でしたが、工事途中にこの地肌のままにすることを決定しました。

「…ステンドグラスの壁」
東洋館の石仏室の手前のステンドグラスは、今や全国的に知られている倉敷ガラスの小谷真三[こたにしんぞう]さんの初期作品です。

「…手すり」
どれも重厚、東洋館の2階へのものは、当時普及しはじめのエスカレータをイメージしています。

「…東洋館のあかり」
裸電球に磨りガラスという組み合わせ。シンプルながら個性的です。出口近くのあかりは、餅をやく網を流用しています。

「…荷ずり木」
工芸館の棟方室にある木は、米俵が積まれた部屋に空気を通しやすいように、また、俵と壁がすれないように使われていた木ですが、それをデザインとして取り入れています。

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分館

第二次世界大戦後の1950年代、孫三郎の後を継いだ大原総一郎[おおはらそういちろう](1909-1968)は「美術館は、単なる陳列場ではない。時代とともに生き、動き、成長していかなければならない。」という信念のもと、まだ評価定まらぬ日本の近代洋画や、同時代の西洋の前衛的な作品の収集を積極的に行います。そのように集められた展示するために、1961年(昭和36)年に建てられたのが、現在の分館です。
建物の設計は、倉敷国際ホテルなども手がけた建築家・浦辺鎮太郎[うらべしずたろう]です。倉敷の伝統的な町並みに残る平壁と漆喰に、西洋風な石のはめこみ、そしてむき出しのコンクリートという素材の組み合わせ。波のようなカーブを描く屋根。その外観は40年以上前に設計されたとは思えないほどの斬新さです。しかし、けっして違和感なく周囲の景観となじみ、伝統と革新を併せもつ大原美術館の特質がにじみ出ているようです。



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「…芝生の広場」
分館入口前の芝生の広場へ入るときは優しく入ってください。集合場所としては使わないでください。

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車椅子用地図

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