ギャラリーコンサート

 

 

 

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 大原美術館では昨春、ウィーンを拠点に活躍する若手ヴァイオリニスト郷古 廉(ごうこ・すなお)さんが挑む「ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会」(全3回シリーズ)、第1回公演を開催いたしました。ベートーヴェン青年時代の作品を瑞々しい感性で表現し、大きな反響をいただいた前回に続き、今年・来年と3年にわたって、深化を続ける郷古さんのベートーヴェン演奏を、春のギャラリーコンサートでお届けしてまいります。

 今回のプログラムは、ソナタ第4番、第6番、第7番、第8番。特に6~8番の3曲(作品30)は、ロシア皇帝アレキサンダー1世に捧げられたことから「アレキサンダー・ソナタ」とも呼ばれ、ベートーヴェンが難聴の苦しみと絶望を吐露した未投函の手紙、いわゆる“ハイリゲンシュタットの遺書”が書かれる少し前の作品といわれています。芸術家としての自負を強く意識した最初の音楽家とされるベートーヴェンは、耳の持病がいっそう悪化していく中で精神的危機と対峙し、苦悩の手紙をしたためたのちに、芸術という希望の光を再び手にして創作に向かいました。そして、やがて交響曲第3番をはじめとする中期の傑作を次々と発表していくことになるのです。

 ひたむきに音楽を追い求めた天才の情熱に思いを馳せながら、名画が並ぶ会場で、春の宵のひとときをお楽しみ下さい。共演は、前回も素晴らしいピアノで会場を沸かせたアンサンブルの名手、加藤洋之(かとう・ひろし)さんです。

 

≪ハイリゲンシュタットの遺書≫

 古くから温泉など保養地として知られたウィーン郊外の街ハイリゲンシュタット。ウィーンで成功をおさめつつあったベートーヴェンは、数年前から悩まされていた難聴の治療のため、医師の勧めでこの街に滞在していました。しかし、もはや症状が悪くなるばかりで回復が見込めないことに絶望し、弟たちへの手紙に、自殺まで考えたという深刻な告白をつづります。当時ベートーヴェンは31歳。ほとんど耳は聞こえなくなっていました。手紙は発送されることなく、ベートーヴェンが 56歳で亡くなったあと自室の戸棚から発見され、後世に“ハイリゲンシュタットの遺書”の名で知られるようになります。 手紙には「死から私を引き止めたのは芸術だった」、「自分が果たすべきだと感じているすべてを成し遂げないうちは、この世を去ることはできない」と記されていました。
 音を失ったベートーヴェンの人生から、その後も偉大な音楽が誕生したことは、彼にとってまさしく芸術の勝利であったにちがいありません。今回演奏されるソナタの作曲時期には、そうした苦難の只中にあったベートーヴェンの葛藤の日々が重なっています。

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photo:Hisao Suzuki

 

 

 

 

 

 

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