風の字麻地型染のれん”

■解説
芹沢けい介(1895-1984)は、静岡市出身の染織家です。当初図案の仕事をしていました。昭和期の初め、柳宗悦を中心とした民芸運動がおこると、芹沢はこれに共鳴。 やがて、柳、河井寛次郎、濱田庄司らと交流を深め、ともに民芸運動を進めました。1928(昭和3)年、沖縄の紅型に深く感銘し、それから型染めの手法により、独自の斬新なデザインを生かした作品を多く生みだしました。 その仕事は染織のほか、挿絵、装幀、建築などさまざまな分野にわたります。
この「風の字麻地型染のれん」は、文字の図案化に優れた芹沢の特質を示す作品です。単純なデザインを通して、さわやかな風が感じられます。

■エピソード
「風の字麻地型染のれん」
芹沢銈介は染織家として、またデザイナーとして、むだがなく飽きのこない美しい作品で、海外でも高く評価されています。また、民芸運動に携わった作家のひとりでもあり、運動に参加していた作家達やこれを支援していた大原孫三郎・總一郎親子とも交流がありました。また、芹沢は柳宗悦の紹介で、大原美術館の工芸館・東洋館の設計をしたことでも知られています。もともとは大原家の米倉であったものを、戦後の農地改革によって米倉としての役割を終えた建物に改造をほどこしたのです。
資金的な問題もあり、3度にわたって今の形に増改築していきました。最初に作られたのは、濱田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉、河井寛次郎らの作品を展示する陶器室でした。次に板画(注1)の棟方志功室、そして室が作られました。そして、最後に東洋館が作られました。
濱田庄司は、工芸館の陶器、板画・染織、東洋の三つのパートを書にたとえて、楷(書)、行(書)、草(書)であると言っています。
楷書と称される部分(陶器館)には、歩くとぽくぽくと音がする木れんが(注2)や、木組みの展示ケースなどがあり、実用的な陶器の素朴な美しさがひきたちます。
行書の部分(棟方室・芹沢室)は、楷書の部分よりすこしくだけた感じで、空間に余裕を持たせた展示室になっています。
草書の部分(東洋館)は、建設の頃には入館者数が増え、資金面でも余裕ができたため、芹沢の持てる創造力を充分に発揮して素晴らしい展示空間を作りだしています。
楷・行・草の変化を楽しんでみてはいかがでしょうか。 

      
注1:棟方志功は自分の作品を「板画」と呼んでいます。 
注2:木れんがは、部屋ごとに模様が違います。来館なさったら是非歩き比べて見てください。


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