睡れる幼きモデル”

■解説
この「睡れる幼きモデル」が描かれた1912(明治45)年は、児島虎次郎の最初のヨーロッパ留学の集大成ともいうべき年でした。 この年の4月、児島はゲント美術アカデミーを首席で卒業しました。そして、ゲント市で開催された博覧会美術部に「大きな帽子をかぶる女」を出品し、金賞を受賞しています(この作品は現在もゲント美術館に展示されています)。
大原コレクションの基礎を作るための大きな助けとなったフランスの画家、アマン=ジャンとの出会いも、この1912年のことでした。2月にゲント美術アカデミーの校長デルヴァンの紹介で、児島は初めてパリでアマン=ジャンに会い、作品の批評を受けています。 そして4月に児島は再びパリのアマン=ジャンのもとを訪れ、彼の作品「髪」を購入しました。この「髪」が大原コレクション第1号となりました。
「睡れる幼きモデル」は、椅子にもたれてまどろむ幼い少女を暖かなまなざしで描いた作品です。この頃、児島は室内の情景をたびたび描いています。この作品では、明るい色彩があふれる、洋風の室内のようすがていねいに描写されています。

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