シニャック

オーヴェルシーの運河

■解説
ポール・シニャック(1863-1935)は、パリの裕福な商人の家に生まれました。 1880年、モネ展を見て感動し、19歳のとき画家になる決心をします。
1884年、シニャックは、第1回アンデパンダン展のときに、スーラに出会います。 スーラは新印象派の点描法(注1)を考案した画家。彼はスーラに共鳴し、ともに新印象派を代表する画家として、活躍するようになります。 彼らは科学者たちの著作を熱心に研究しました。そして、印象派よりさらに明るい画面、秩序ある構図を科学的にめざしていったのです。
スーラは、かずかずの秀作をのこしますが、1891年に31歳の若さで亡くなりました。その後も、シニャックは新印象派の中心人物として、実作と理論の両面でその活動をささえます。 1898年、彼は「ドラクロワから新印象主義まで」と題した論文を発表。この論文で、彼は新印象派の理論を、世間にひろく伝えたのです。この理論は、フォーヴの画家たちにも影響をあたえました。
シニャックは、水辺の風景をこのんで描きました。この「オーヴェルシーの運河」が描かれたのは、オランダ。近くで見ると1粒1粒の異なる色の点が、遠くで見ると溶けあって見えます。 風車や船のマストは整然と配置され、静かな風景をつくりだしています。
注1:点描法:またの名を筆触分割。純粋な色とそれに近い色を、こまかな点としてならべていく。離れた位置からそれを見ると、人間の眼の作用により、それらの色が混ざりあった色に見えるという原理を応用した技法。


(参考文献)
「点描の画家たち」展図録 (朝日新聞社) 1985年 島田紀夫、名画を生んだ巨匠たち・10:スーラ・シニャック、「自警 平成13年1月号」

 

 


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