コロー

ラ・フェルテ=ミロンの風景

■解説
ジャン=バティスト=カミーユ・コロー(1796-1875)は、パリ生まれ。 父は布の卸売業者、母は有名な婦人帽子店をいとなむ裕福な家庭に育ちました。 父の仕事をつぐように教育をうけたものの、彼の関心は絵にありました。1822年、26歳のとき、ようやく両親は彼の希望をききいれ、同時に一生の間、生活に困らないように年金を保証しました。これによって、彼は生活の心配をすることなく、絵に打ちこむことができたのです。
コローは非常に自然を愛し、戸外でさかんにスケッチをおこないました。 1825年から約3年にわたるイタリア留学でも、野外写生に熱心に出かけています。 そして明るい色彩で、外光にみちた風景を表現する技術を獲得。この後も、2度イタリアに旅行しています。
コローは戸外のスケッチをもとにして、アトリエでじっくりと制作に取りくみました。 彼の絵が、整然でバランスがよく、静かな落ち着きにみちているのは、彼自身が風物の配置の再構成をしているためです。 彼はまた、屋内で描いたすぐれた肖像画ものこしています。「真珠の女」(1868-1870年、ルーヴル美術館蔵)などは、人物をくわしく観察し、その表情をよくとらえた作品です。
この「ラ・フェルテ=ミロンの風景」は、パリの北東部に位置する小村で描かれました。小さな作品ですが、田園風景の空間の広さをみごとにあらわした作品といえるでしょう。 画面左の積みわらと農婦から、右の牛と農夫へ。さらに木立から城館へと、絵の鑑賞者の視線が自然に奥にみちびかれるように工夫しています。
(参考文献)
「コロー」 (美術出版社) 1974年

 

 


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