
■解説
ポール・ゴーギャン(1848-1903)は、パリ生まれ。株式仲買商をつとめ、そのかたわら23歳ごろから絵を描きはじめました。35歳のとき、仕事を辞めて画業に専念するようになります。
画家になってからのゴーギャンの生活は、妻子をかかえ、豊かとはいいがたいものでした。1886年から1890年にかけて、南仏ブルターニュ地方のポン=タヴェンに数度滞在します。
この地で、ゴーギャンはベルナール、ゴッホ、セルジエたちとの交流をとおし、色を単純化した大きな面に分割して描く、装飾的な表現へとすすみます。
1891年、ゴーギャンは南の楽園へのあこがれをいだき、タヒチ島へ旅立ちました。しかし、タヒチはすでにヨーロッパの文明におかされ、ゴーギャンが想像した地ではありませんでした。
1893年、彼はパリに戻り個展をひらきます。ところが評判がかんばしくなく、ゴーギャンは再びタヒチに渡ることになります。そして1903年、タヒチ島よりさらに奥のヒヴァ=オア島で亡くなりました。
この「かぐわしき大地」は、第1回目のタヒチ滞在時に描かれました。ゴーギャンは自らの『私記』の中に、この作品について美術評論家ドラローシュが書いた文章を引用しています。(注1)
「幻想的な果樹園。その誘惑的な植物群がエデンの園のイヴの欲情をそそる。彼女の腕がおそるおそる伸びて悪の花を摘もうとし、いっぽう怪鳥(キマイラ)の赤い翼がはためいて、彼女のこめかみをかすめ打つ」。
ゆったりとした体つきのタヒチのイヴは、ゴーギャンの原始へのあこがれを象徴しています。
注1:参考文献:
「朝日・美術館風土記シリーズ・1:ゴーギャンと大原美術館」 (朝日新聞社) 1982年