アマン=ジャン

髪

■解説
児島虎次郎が収集した最初の西洋絵画がこのエドモン=フランソワ・アマン=ジャン(1858-1936)《髪》である。
1908年から足掛け5年間の滞欧を終え1912年に日本へと帰国するにあたり、児島はこの作品の購入を願って、同郷の先輩画家満谷国四郎と共に大原孫三郎へと手紙を送る。
その児島の手紙には「これは個人としてのお願いにて候はず。日本の芸術界のために最も有益なる次第にて候へば突然ながら切に懇願申し上げ候」と記されている。
アマン=ジャンは、20世紀初頭のフランスで活躍した画家。児島が滞欧の成果を問うべく1911年にフランスの官設公募展サロン・ナショナルに《和服を着たベルギーの少女》(大原美術館蔵)を応募した際、そのサロンの運営の中心であったのがアマン=ジャンであった。 この時以来、児島はアマン=ジャンを訪ね、自らの作品についての意見を求めるなど親しい交友を持つようになる。
 児島とアマン=ジャンのあいだにはこうした交友があるだけではなく、アマン=ジャンは当時のフランスを代表する画家であり、児島にとって日本の芸術界にその作品を紹介するには申し分のない存在であった。
 この《髪》には、調度品の整った室内で二人の女性が身繕いをする情景が描かれている。その優美な色彩や、親密な雰囲気の描写、また、あたかも化粧風景を覗き見てしまったような臨場感など、当時の日本の画家たちには、まさに本場西洋の油彩画を感じさせるものであった。
児島虎次郎の手により持ち帰られた本作品は、早速1913年に東京で公開される。日本の画家や美術愛好家は、この一点だけでも大きな刺激を受けることとなる。そのことが、後の本格的な西洋美術作品の収集活動へとつながってゆくのである。

ページトップへもどる まえへもどる