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アマン・ジャン 「髪」
アマン・ジャン 「ヴェニスの祭」
エル・グレコ 「受胎告知」
ゲラン 「タンバリンを持つイタリアの女」
クールベ 「秋の海」
クラウス 「二月」
ゴーギャン 「かぐわしき大地」
コッテ 「老馬」
コロー 「ラ・フェルテ=ミロンの風景」
シニャック 「オーヴェルシーの運河」
シャヴァンヌ 「幻想」
セガンティーニ 「アルプスの真昼」
セザンヌ 「水浴」
セザンヌ 「風景」
デルヴァン 「連馬」
トゥールーズ=ロートレック 「マルトX夫人の肖像―ボルドー」
ドガ 「赤い衣裳をつけた三人の踊り子」
ドニ 「波」
ピサロ 「りんご採り」
ピサロ 「ポントワーズのロンデスト家の中庭」
ブールデル 「ベートーベン像」
フレデリック 「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん」
ホドラー 「木を伐る人」
マネ 「薄布のある帽子をかぶる女」
ミレー 「グレヴィユの断崖」
モネ 「睡蓮」
モネ 「積みわら」
モロー 「雅歌」
ラファエリ 「アニエールの街路」
ル・シダネル 「夕暮の小卓」
ルソー 「牛のいる風景-パリ近郊の眺め,バニュー村」
ルノワール 「泉による女」
レールマン 「小径」
ロダン 「カレーの市民―ジャン=ダール」
ロダン 「説教する聖ヨハネ」 |
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■解説
フェルディナント・ホドラー(1853-1918)は、スイスの首都ベルンに生まれました。貧しい家庭に育ち、幼少期に、あいついで父母、兄弟を病気で失いました。この経験は、彼につねに死を意識させることになりました。その後の作品にも、死の影が色濃く感じられます。
看板描きの仕事をへて、ホドラーは19歳のとき、ジュネーヴの美術学校の校長に見出され美術学校で学びました。1878年から1879年にかけては、スペインに旅行し、明るい色彩を用いるようになりました。こうして彼は絵を身につけ、みずからの個性をおしだして、独自の画風を開花させました。ホドラーの人物群像や風景画は、左右対称の構図や平行線を強調した構図など、整然としつつも強いイメージをもっているのが特徴です。
代表作「夜」(1890年、ベルン美術館蔵)をフランスの壁画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌに評価されたころから、彼は象徴主義の画家として、国際的に活躍の場をひろげ、多くの壁画や歴史画を残しました。
この「木を伐る人」は、1907年、ホドラーがスイスの国立銀行から紙幣のデザインを依頼されたときに、構想を練るために描かれた作品のひとつ。白地の背景に、木を伐る男性、木、空を暗示する水色がバランスよく配置されています。このシンプルな構図によって、力強く木を伐る行為そのものが強調されているのです。
(参考文献)
「ホドラー展」図録 (朝日新聞東京本社企画部) 1975
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